大志の野望

        作:雲流 雪



<後編>

「あの……参院選の話はどうなったんですか?」

 収拾がつかなくなってきたところで話を本筋に戻してくれたのは「いくみん」こと立川郁美だった。
 幸い、体、というか心臓の調子は良いらしい。
 ……このメンバーの中で一番大人なのはこのコかもしれない。

「ふむ、それでは今から詳しく話すことにしよう」

 大志の言葉を受け、騒がしかった室内が静まる。

「吾輩は今年の7月に行われる参院選に出馬する」

 途端にざわつく室内。
 静けさは数秒ももたなった。

 主人公だということを意識しているからだろうか。
 またも和樹が代表して疑問を述べる。

「本気か?」

「当たり前だ」

「なんで、また政治なんか……?」

「元々、吾輩の目標は世界征服だ」

「……そういや、そうだったな。でも、仮に政治家になれたとして何をするんだ?」

「その話はまた後だ。少しは吾輩にも話をさせろ」

「……。判った」

 大志のその目に本気を見たか、和樹は頷いた。

「吾輩が諸君らに頼みたいことは選挙協力だ」

 その言葉がみんなに浸透するのを待って大志が言葉を続ける。
 ちなみに……いつまで経っても浸透しない者は“みんな”に含まれていない。

「我らがアイドル、桜井あさひちゃんにはマスメディアを通じての宣伝をお願いしたい」

「らーめんたんめんたんたんめん!
 れいめんにゅーめんひやそーめん!
 カードマスターピーチ!
 はじめからいるけど、ただいま参上!」

 テレビでおなじみの台詞をテレビどおりに言ったのはあさひだった。

「あ、あさひちゃん……?」

 一瞬、呆気にとられた和樹の第一声。

「そ……その、あの、その、ご、ごめんなさい!」

 顔を真っ赤にしながらあさひが言う。

「あの……その……た、大志さんがどうしても、って」

「お前な~!!」

「すっ、すみません、ごめんなさい……も、申し訳ないです」

「あ、いや、あさひちゃんに言ったんじゃないよ」

「で、でも……」

「本当に気にしなくていいから。ほら、なんか妙に感激しているやつもいるし」

 妙に感激しているやつ、というのは瑞希のことだ。
 その瞳にはもう感激の色はなく、代わりになにか……危険なものを宿している。
 知らなかったのだろうか……?
 それを確かめる術はもうない。
 話が複雑になる前に由宇様が瑞希を優しい子守唄で眠らせてさしあげたからだ。
 由宇様の子守唄はたまに効きすぎることがあって対象者を永遠の眠りにいざなってしまうことがある。
 が、今回は大丈夫らしい。

「南女史には準備会関係の方々に口を利いてもらいたいのだが……」

 泥沼の展開になりそうなところだったが大志のこの発言により事態は沈静化した。

「はい、わかりました。大志さんのためなら何でもしますよ」

 ひとつ間違えれば大きな勘違いに発展する台詞だ。
 だが、みんな慣れているのだろう。
 誰からも突っ込まれることもなかった。

「猪名川由宇。貴女には投票日に吾輩が立候補する地区に来てもらいたい」

「それはええんやけど、なんで?」

「雨が降れば浮動票は減る。
 しか~し、吾輩の支持層たる選ばれしおたく戦士達に雨など無関係!
 たとえ火の中、水の中、嵐でも火事でも親が危篤でも投票に来ることであろう」

「ウチが雨女やって言いたいんか?」

「……。いや、勝利の女神だ。投票日には是非、傍にいてもらいのでな」

「ふっ、なかなか賢いやっちゃな。将来、大物になるで」

「ふっふっふ。そいつはどうも。お褒めにあずかり光栄の至りです」

 常人には計り知れないやり取りの後、大志は話を続ける。

「同人界のクイーン、大庭詠美殿にはその人脈を駆使し、吾輩に投票するように呼びかけてもらいたいのだが」

「なかなかわかってるわね。おりこうさんよ。そのはなし、のったわ」

「なに、それが
 豚もおだてりゃ木に登るというやつ
 クイーンたるものに対しての礼儀
 ですよ、クイーン」

 詠美が1人、酔いしれているのを気にせず、大志は続ける。

「同志、和樹あ~んど瑞希。お前達には……雑務係私設秘書を頼もう」

「「判った」わ」

 いつの間にか目を覚ましていた瑞希だが“子守唄”の効果によって少し前の記憶が欠落しているらしい。
 ……都合が良すぎると思うのは漫画やアニメなどと接している時間が足らない証拠。(ォ

「塚本千紗。貴女にはビラを作ってもらいたい」

「はいですぅ~☆」

「中には非合法なものが含まれているやも知れんが足がつかぬようにしろよ」

「そ、そんな……」

「そのかわりといってはなんだが吾輩が当選した暁には印刷関係は塚本印刷に受注するようにしよう」

「千紗、がんばりますっ!」

「こらこら~、駄目だろうが」

 第一私設秘書が言う。

「お兄さん……。そうですよね。いけませんよね。やっぱり塚本印刷は潰れるしか……」

 誰が彼女を止められるのだろう。

「判ったよ。千紗ちゃん。このことは……」

「取引は成立だな。和樹、ばれたらお前が全責任をとるのだぞ」

「ちょっと待て」

「さて、芳賀玲子殿。貴殿には……」

「おい、待てって言ってるだろうが!」

 ……大志に和樹の声は届かなかった。

「ということで、コスプレイヤー関係を任せる」

「おっけ~。任せて~」

「最後に……立川郁美嬢」

「はい、なんですか?」

「資金面をすべて任せたい」

「中学生にたかるな~!」

 和樹がツッコミを入れる。

「その中学生を利用し尽くし極悪非道言語道断魑魅魍魎の所業を行ったのはどこの誰だったかな、まいぶらざ~?」

「人聞きの悪いことを言うんじゃないっ! 大体、最後の魑魅魍魎ってのは関係ないだろっ!」

「前の2つは認めるということだな?」

「ちっが~うっ!」

「あの、かずきさん?」

 郁美のその言葉に和樹は少々冷静さを取り戻した。

「ん? なんだい?」

「わたし……かずきさんのためなら……手術費用を全部、選挙資金に使っても……」

「だ~~、そんなことしたら駄目でしょうが~!」

 ここでは冷静さや静けさ、といったものは一瞬にして崩れ去る運命にあるようだ。

「まあ、そういうことでよろしく頼むぞ、まいしすた~」

「だからな~……」

 そんな和樹の言葉は当然のことながら大志によって無視された。

「時に同志、和樹。参院選に立候補するにはどこに申し出ればよいのかな?」

「お前……そんなことも知らずに立候補しようとするなよ」

 しかし、そう言う和樹も知らなかったりする。

 クイッ……。

「ん?」

 クイッ、クイッ……。

 何かが大志のそでを引っ張っている。

 ……長谷部彩だった。

「あの……私は何をすれば……?」

「何もしなくてよろしい」

 大志が断言する。

「おいおい、そりゃないだろ! お前が呼んだんだろ?」

「呼んだ覚えはない。お前が勝手に呼んだんじゃないのか?」

 またも断言する。
 和樹は確かに大志の言うとおりだったことを思い出した。

「でも、だからってな~」

 和樹の必死のフォロー。

「かずきさん……あの、もういいです」

「彩ちゃん……」

「わたし、これから遠い世界に旅立ちますから……」

「わぁ~~~、考え直すんだ、彩ちゃん! 生きていれば、きっと良いことが……」

 さっきから叫んでばかりの和樹がまたも叫ぶ。

「……里帰りです」

「へ? あ、そうなんだ」

 まぎわらしいな、まったく。
 和樹がそう言うのも無理はない。
 だって確信はn……っと、これ以上は暗殺されかねないので控えさせていただきます。

「はい……」

 一件落着。

「立候補なら区役所で出来ると思いますよ」

 またも話を本筋に戻してくれたのは立川郁美だ。

「善は急げ、悪は延べよだ、第一秘書、和樹。行くぞ」

 それなら、延べたほうが良いんじゃないかと思ったのは和樹だけだったろうか……。

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 区役所到着。

「参院選の立候補をしたいのだが……」

「それでしたら、2階の受付所へお申し付け下さい」

 移動。

「参院選の立候補をしたいだが……」

「住民票のコピーはお持ちですか? お持ちでないようでしたら……」

 移動。

「住民票のコピーを頼みたいのだが……」

 昼休み開始。

「申し訳ありません」

「ほんの数秒くらい良いのではないかな?」

「規則ですから」

「…………」

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 昼休み終了。

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 受付所にて。 「まさにたらい回しだったな」

「ああ、これほどひどいものとは思わなかったぜ」

「あの、よろしいですか?」

 受付の人が言う。

「は、なんでしょう?」

「参議院議員の被選挙権が与えられるのは30歳以上の男女です」

 窓も開いてないのに乾いた風が吹いていった……。


 えんど。






 おまけ

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 後書き
たぶん初の本格的な3人称になる予定でしたが、それは未定でした。(爆)
でも、この文体、書きやすいです。
失敗は成功のモト、ですか?(全然違います)

え? 猪名川由宇の関西弁? いや、それは勘弁してください。
立候補が区役所でできるのかは知りません。(ォ
選管かな? いや、これも間違っているかもしれません。
……むしろ、最後の役所関係はすべてレッドビッグ嘘です。

初めてオチまで考えてから書いたSSです。(爆)

参院選が大きく取り上げられる前に書き上げられたので良かったです。
……そういうことにしてください。

P.S.
俺は別に役所に恨みはありません。(笑)


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