大志の野望

        作:雲流 雪



<前編>

「で、一体何の用なんだ?」

 そこにはみんなが集まっていた。

 「そこ」というのは和樹の部屋である。
 そして「みんな」というのは、まあ、みんなである。
 誰がそこいるのかは徐々に判ってくるだろう。

 問題は人口密度だった。
 暦の上では春になっているとはいえ、外はまだ寒い。
 だが、ここだけは毎月催されるこみパの会場並みの熱気に包まれている。
 唯一の救いは男女比か……。

「よくぞ聞いてくれた、まい同志」

 もう判っただろう。
 ここには大志がいる。

「聞かないと話が進まなそうだからな。お前がみんなを呼んだんだろ。
 もったいぶってねえでさっさと用件を言えって」

 そう言ったのは和樹だ。
 さきほど訊ねたのも彼である。

「うむ。説明口調ご苦労」

「余計なお世話だ」

「ここに諸君らを集めたのは日本の将来を決めるといっても過言ではない
 今夏に行われるビッグイベントにおいて是非とも吾輩に力を貸してほしい、
 そう思ったからだ」

 妙に思ったのは和樹だけではないはずだ。
 “みんな”が違和感を感じたことだろう。

「お前にしちゃ、ずいぶん低姿勢だな」

 その“みんな”の違和感を和樹が代表して言う。

「それだけ……吾輩も真剣だということだ」

 明らかにいつもとは違う大志の態度は自然と周りの雰囲気をかたくさせた。

「お前……夏こみで何をしようというんだ?」

「たわけがっ! 誰が夏こみだと言った?!」

「えっ、夏のビッグイベントといったら夏こみしかないだろ」

「そんなことありませんよ、和樹さん。夏には他にもたくさんの大きな同人誌即売会が……」

 そう言ったのは南さん。
 いや、言いかけた、と言ったほうが正しいか。

「そうやっ! あんたの今の発言は差別やで。10マイクロ秒以内に発言を取り消さんかい、このどアホっ!」

 それは無理だろ、と思う間もなく和樹の後頭部にハリセンが直撃する。
 当然いったいどこから取り出したのか? という疑問を差し挟まれることは無い。
 進んで死地に赴くような人間はこの場にいないからだ。
 言うまでもないが、一連の行動をしたのは由宇だ。
 決して言い忘れていたわけではない。

「どうして、この部屋にはオタクな考え方をする人間しかいないの?
 ビッグイベントは同人誌即売会だけと限らないじゃない」

 そう言ったのは瑞希。
 さすがは一般人を自負するだけのことはある。
 そんな瑞希に大志の言うビッグイベントが何だと思うのかを聞いてみよう。

「新作アニメの上映会かな? あっ、コスパかも」

 どうやら漢字の変換ミスをしてしまったらしい。
 瑞希もまた、一般人ではなく逸般人だったようだ。

「おい大志、今年の夏に行われるビッグイベントってのは何だ?」

 一命をとりとめたらしい和樹が訊ねる。
 この程度で死んでしまうようでは漫画家になることはできない、というのが由宇の持論だ。
 そのうち本当に人を殺してしまう日が来るのでは? と思うのは果たしてだれか。

「参院選だ」

 その言葉をすぐに理解できたのは一体、何人いただろうか?

「サンインセン……? なんの略だ? 新しい何かのイベントか?」

 あまりにも場違いな単語なために何のことだか判っていないのは和樹だけではないだろう。

「ふふふっ。あたしのでばんがきたようね」

 そう言ったのは詠美。
 詠美が知っているのなら、やはりこっち系の話だと思った人物は少なくないだろう。

「“サン”シャ“イン”ビルでやる~よろい“せん”たいブシファイブおんり~いべんとのことよね。
 さすがはわたし、てんさいだわ。まあ、これくらいしっててと~ぜんなんだけどね」

 こじづけとしか考えられないが、大反応するものが約1名。
 猪名川由宇である。
 何を隠そう鎧戦隊ブシファイブとは由宇が同人をはじめるきっかけになったアニメだ。
 自分が知らなければならないことを知らず、しかし、詠美はそれを知っていた。
 冷静さを失うのも当然だろう。

 詠美の言ったことが嘘だと判ったとき、由宇は何をしたか。
 その模様を描写することは出来ない。
 詠美のちょっとしたいたずら心は、自らを死に追いやる結果となってしまった。
 そのことだけ記すことにしよう。


  じ・えんど。


 ……というわけにはいかない。
 「大志の野望」にはほとんど触れられていないからだ。
 詠美も一応、生きている。
 さて、そんな詠美からメッセージが届いている。聞いてみよう。

「作者~、なんで、あたしのせりふにはひらがなしか使われてないのよ?
 同人界のクイーンたるわたしをぶじょくする気?」

 そう言うと思って漢字交じりの文にしました。
 は? 手を叩くな? ……ああ、先手を打つなってことね、はいはい。

 それでは続きをどうぞ。




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