ある冬の朝
作:雲流 雪
今の外の気温は、氷点下6度。
北国モードのオプションのついてない私にはとても堪えます。
もっとも屋敷内は常に適温に保たれているので今の私には関係ありませんが……。
しかしながら低血圧の綾香様がご自分で起きるのは難しいことが予想されます。
……起こして差し上げましょう。
ただ単に綾香の寝顔が見たいだけだったりするが、
いかなる場合でも大義名分を掲げるセリオであった。
綾香の部屋の前で立ち止まり、部屋の内部を各センサーで探知する。
綾香様が起きていらっしゃる!
しかも体温が起き抜けの平均値より、摂氏3度も高い。
早朝トレーニングでもしていたのだろうか……?
コンコン。
ノックをするが返事は無い。
コンコン。
再びノック。
だが、返事は無い。
「綾香様……失礼ですが、入りますよ?」
扉を開けると少し頬が高潮した綾香が立っていた。
「…………」(おはよう、セリオ)
な?!
「……綾香…様?」
声が……恐ろしく小さい。今日の声量は平均的な朝の挨拶の約1.23%と測定されます。
この声量では扉越しに声を聞き取ることは不可能です。
もちろん、それはノーマル時の話で衛星のデータをダウンロードすれば可能ですが。
……セリオはプライドが高いようだった。
この声量、これは……芹香様の声量の値と酷似しています。
「……芹香様ですか?」
「……………」(違うわ、綾香よ。あ・や・か!)
たしかに綾香だった。
目と口を見れば、一目瞭然だ。……一般人にはパッと見、判らないかもしれないが。
この予想外の事態にセリオのパラレルニューロンネットワークコンピューター(以下PNNC)
は、ひとつの結論をくだす。
「ふざけていらっしゃるのですか?」
「…………」(違うわよ)
しまった。
……綾香内セリオちゃんポイントが1下がったようだ。(妄想)
なんとしてでもすぐに正解を答えなければ……。
「まさか、私に秘密で全世界大声選手権大会日本予選に出場して……」
「…………」(そんな大会あるの?)
しまった。
……綾香内セリオちゃんポイントがまた1下がったようだ。(妄想)
なんとしてでもすぐに正解を答えなければ……。
セリオの思考がどんどん違う方向にシフトしていくが、そんなことに当の本人は気付かない。
「セイリョウキョクショウカタケを食べたのですか?」
「…………」(食べてないわ。ちなみにセイカクハンテンタケもね)
しまった。
……綾香内セリオちゃんポイントがまたまた1下がったようだ。(妄想)
なんとしてでもすぐに正解を答えなければ……。
「まさか綾香様は幻の病気、声量極小化病を患って……」
「…………」(なに? その病気)
しまった。
……綾香内セリオちゃんポイントがまたまたまた(笑)1下がったようだ。(妄想)
なんとしてでもすぐに正解を答えなければ……。
「まさか綾香様の来栖川家に大隔世遺伝するという声極小化遺伝子が発現したのですか?」
「…………」(そんな話、聞いたこと無いけど)
しまった。
……綾香内セリオちゃんポイントがザ・警察官で太股イタイ(笑) 1下がったようだ。(妄想)
なんとしてでもすぐに正解を答えなければ……。
綾香の目には失望とも諦めともつかぬ光がのぞいていた。
その光を消すため、セリオのPNNCは必死になって他の可能性を探す。
その結果……
そ、そんな、まさか。こんな非科学的なことが……。
セリオがうろたえている。
この機会を逃したら次はいつ見られるか判らない貴重な光景だった。
ようやく落ち着いたセリオが綾香に尋ねる。
「芹香様の……魔法によって、今、綾香様の体の中には芹香様の……魂が入っているのですね」
「…………」(違うわ)
そんな!
では、一体どうしたのだろう……?
「では、なぜ……?」
問いかけようとして恐ろしいことを思いついてしまった。
「はっ、まさか、昨晩、賊が侵入して私の綾香様の貞操を……。そ、それで、恐怖のあまり……」
セリオのPNNCは暴走を始めていた。
……いや、もっと前から暴走していたのかもしれない。
「風邪ひいて声が出ないだけ!
だいたい“私の綾香”ってなによ?
とにかく今日は休むから学校に連絡を……」
そこまで言って綾香が激しく咳き込む。
風邪で声が出ないのに大声を出した反動だった。
そんなことは判りきっているが、だからといって喉の痛みが和らぐわけではないことが
綾香にはつらかった。
たしかに周りの環境は普通ではなく、
周りにいる人達も普通でない人が多いが、(綾香内ではここに自分は入っていない)
セリオには普通の可能性に気付いて欲しかった、と綾香は思った。