藤田浩之の誤算

        作:雲流 雪



第2章


 そうだな、はやくいくか……。


「よし。いくぞ」

「うんっ」

 急がねぇと遅刻しちまうからな……。



 きーんこーんかーんこーん


 って、チャイム鳴ってるじゃねえか!

 ちっ、今から、行っても怒られるだけだな。
 よし。こんなときのための必殺技を……

「あ、なんか急に頭が……」

「なによぅ、そのいかにも、仮病です、ってゆう演技はっ?!」

「ほっとけ。俺は頭が痛くなったから保健室で休むぞ」


 なでなで……なでなで……

「え?」

 なでなで……なでなで……


「あ、くるすがわせんぱい……」

「…………」

「頭のほうは大丈夫かって? 全然、大丈夫だよ。先輩のおかげかな?」

「ったく、調子いいんだから……」

「まあまあ」


 ……外野がなにか言っているようだが、気にしないでおこう。
 ったく、その程度で聞こえないとでも思ってんのか?
 俺の耳は、来栖川先輩の声だって、はっきりと聞こえるんだぜ。
 なめてもらっちゃこまるな。

「ところで、先輩こそ、大丈夫なの? チャイム鳴っちゃったけど」

「…………」

「気分がすぐれなかったので、保健室で休んでましたって?
 俺なんかより、先輩のほうこそ……」

「…………」

「あ、そっか、もう治ったんだ。でも、どうせもう始まっちゃったし…。  一緒に帰らない?」

「バッカねえ~、来栖川先輩は、あんたと違うんだからそんなことするはずないでしょっ!
 それに、黒のベンツでお出迎えが来るだろうし……」

 ふっ、たしかに志保の言うとおりだ。
 昔だったらな……。だが、今は違う。
 俺はもう、セバスを恐れる必要などないのだ。
 もっと昔から、恐れてはいなかったけどな……。

 でも、先輩をサボらせるってのは、やっぱマズイよな。
 今回は諦めるとするか……。

「先輩をサボらせるわけにはいかないか。無理に誘って悪かった。機会があったら、一緒に帰ろう」

 ふるふる……こくこく……。

 はあ~、やっぱ先輩はやさしいな~、どっかのガサツ女にもすこしは見習ってほしいぜ。

「それじゃっ、俺は帰るから、じゃあな、先輩っ!」

「…………」

 ん? 今、一瞬、困ったような表情(俺にしか判らなかっただろうが)を……。
 気のせいかな?

 そんな俺の気持ちをよそに先輩は体育館へと向かう。
 間違っても志保には真似できない優雅な足取りだ。
 思わず、ため息がでちまう……。

「浩之ちゃん、帰るの?」

ちっ、あかりめ。俺の至福のひとときを邪魔しやがって。

「ああ、まあな。あかりはどうするんだ?」

「浩之ちゃんが帰るならあたしも帰る」
 なんて短絡的な思考。まるで幼稚園児だ。

「僕も」
“僕も”っていうのはもちろん“帰る”ってことにたいしてだよな?
“俺が帰るなら”ってところじゃないだろうな……?

「そうね~、あたしも帰ろうかしら」
 お前に聞いたつもりはないんだけどな……。
 まあ、いいか。帰ろう、そして寝よう。

「よし、じゃあ、さっさと帰ろうぜ」






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